たえこ MY LOVE 

ここは、青い風が流れる街。

【 吉田拓郎 「たえこ MY LOVE 」 】
https://www.youtube.com/watch?v=AyDqqDSfse0

ビッグなシングルでした。いい曲ですね。
ストーリーのある曲って、やっぱりいいなあ。
拓郎節が炸裂してます。

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# by ejichan555 | 2017-01-17 20:57 | Trackback | Comments(0)

シンシア


ここは、青い風が流れる街。

【 吉田拓郎&かまやつひろし 「シンシア」 】
https://www.youtube.com/watch?v=-isA1_8WJz0

いい曲ですね。南沙織に捧げた名曲です。
ちょっとC&Wっぽいところがいいですねえ。
CBSソニー時代の最後のアルバムに収録されています。
このあとに、あの自分たちのレーベル「フォーライフ」が誕生するんですよね。
このころが拓郎が一番充実していたころかなと思います。


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# by ejichan555 | 2017-01-16 21:13 | Trackback | Comments(8)

旅の宿

ここは、青い風が流れる街。

【 吉田拓郎 「 旅の宿」 】
https://www.youtube.com/watch?v=VRKtMYNlM4E

拓郎がメジャーの地位を確立した曲。
「結婚しようよ」で火がついて、この曲が決定打となりました。
シングル・バージョンとアルバム・バージョンとがありますが、ダントツでこのアルバム・バージョンが好きですね。
こういう情景のなかにいたいと、いつも思っていました。
いい曲ですね。

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# by ejichan555 | 2017-01-15 17:07 | デジカメ散歩 | Trackback | Comments(2)

祭りのあと

ここは、青い風が流れる街。

【 吉田拓郎 「 祭りのあと 」 】
https://www.youtube.com/watch?v=GppNuiNW3Ck

名曲中の名曲。
岡本おさみさんの歌詞がメロディとマッチしています。編曲もいいんだろうなあ。
三番目の歌詞の「日々を慰安が吹き荒れて・・・」は大好きな詩人の吉野弘さんの一節をお借りしたと、岡本さんが書いていました。
「何もない日常が、平和ではなく、無為と感じられてしまう、むなしい想い」が込められています。


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# by ejichan555 | 2017-01-14 18:28 | デジカメ散歩 | Trackback | Comments(0)

流星

ここは、青い風が流れる街。

【 吉田拓郎 「流星」 】
https://www.youtube.com/watch?v=aNnThntzwho

一番好きな曲です。
拓郎のなかでもこの曲は代表曲でしょうね。
歌詞もメロディも最高です。

24のときの大失恋したころに、ちゃんと流れていました。
毎晩聴いて、泣いてました。
曲も出来事も一生忘れることはできません。

でも、拓郎節がこんなに優しく感じるのは、あんまりないですね。

写真は、大沼国定公園。1月7日撮影。

★★★★★

クリスマスイブの夕方6時ころ、マンションの1階でエレベータを待っていると、温泉浴場で一緒になることが多い男性が防寒衣姿で降りてきた。
『忘年会ですか?』というボクの問いかけに、『だったらいいのですが、登校拒否をしている生徒のところへ説得に行くんです。』と、答えた。
彼は40代前半で、市内F中学校の教師をしており、山歩きも好きなので、今年は一緒に登る話をしているおともだちの一人。
『それは大変ですね。でも、F中学でも登校拒否ってあるんですね。』
秀才が集まるF中学校でも登校拒否があるようで、少し驚いた。

ボクは、そのとき、Mちゃんというオンナのコを想い出した。
ボクが稚内で単身していた10年くらい前のこと、懇意にしていただいている函館在住のカウンセラーから、登校拒否している(当時)中学生の彼女を励ましてほしいという依頼を受けたことがあった。
カウンセラーの話では、彼女は市内A中学の2年生で、1年に進学してから登校拒否が続いているということだが、中学1年のときに「双子」ということで、マスコミが大きく取り上げ、それが原因で「いじめ」にあい、自然と登校拒否するようになったという。

彼女は姉で、双子の妹もメンタルになって姉を追うように登校拒否しまったという。
ご両親は共働きだったが、カウンセラーからは、ここでは詳しく書けないが母親にも原因があるとのことだった。

家に閉じこもりとなった彼女は、インターネットでカウンセラーから勧められたボクのHPをみつけ、その風景写真にあこがれて、自分でも写真を撮るようになり、自身のブログも立ち上げた。
カウンセラーの仲介で、ボクと彼女とはHPで通信をするようになったが、彼女が登校拒否していることなどの生活環境は白紙とした。
彼女は14歳で、当時50歳になろうとしているボクとは親子の年齢差だった。
ボクは、カウンセリングをする身ではないが、HPを通じていつも彼女を励ましていたし、ネット仲間もなんとなく理解したようで、彼女を応援してくれた。
ボクは、ほんとうにありがたいと感謝した。

やがて、彼女は中学3年生となり、徐々に学校へ通うようになったが、中学での出席日数が不足しているので公立高校の受験は相当厳しい環境だと、カウンセラーから連絡があった。
でも、カトリック系の女子高校が救いの手を差し伸べてくれたことで、晴れて高校生へのレールが敷かれたという。
高校へ進学したら、写真部に入部したいという希望が彼女にあり、ボクは写真部がないときは、新聞部という手もあるとフォローした。

だが、ある日突然、彼女からネットをやめることになったとメールがあった。
彼女のお母さんが、ブログをしていることを快く思わないということで、泣く泣く閉鎖を承諾したという。
それから1週間後、彼女との交信は途絶えた。
そして、ボクも2年間の稚内単身生活を終え、函館へ無事戻ってきた。

あれから長い年月が過ぎ、彼女はもう25歳にはなっているだろう。
もしかして、結婚して幸せな家庭を築いているのかもしれない。
函館にいるのか、札幌や東京へ出たのかは不明であるものの、10年経ってもボクは、そのころのことを鮮明に覚えている。
ボクがブログを開設している理由のひとつに、彼女が再発見してくれるだろうという、かすかな期待があるから。
だから、ボクはハンドルネームを、当時と同じ「エジちゃん」にしている。

http://www11.plala.or.jp/ejichan/sub157.html

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# by ejichan555 | 2017-01-13 17:20 | デジカメ散歩 | Trackback | Comments(10)

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by エジちゃん